『機動戦士ガンダム 水星の魔女』感想・レビュー

2023年10月6日

 全話視聴後のレビューおよび感想です。

レビュー

 本作における特色を一言で表すなら「SNSで話題になることを第一に考えた作品」である。

 負け犬ムーヴ全開のグエルのソロキャンに、焼きとうもろこし味の強化人士、株式会社ガンダムのPVに第1クールラストの「やめなさい」などネタになりそうなシーンが数多く見られた。意識的にやっていたことは間違いないし、放送前後は常にトレンドを独占していた。

 物語のテイストはシリアスベースだが、スレッタの性格ゆえに序盤はコメディ路線とも感じられた。これは新規ファンの獲得が狙いだったと考えられる。先に挙げたSNSに尽力したことも同様の理由だろう。そのせいで本来のシリアスな展開に水を差す形になってしまったのはもったいない。

 自己成長の望めないスレッタに代わり、人間的成長を見せてくれたのがグエル・ジェターク。何も知らないおぼっちゃんが父親を殺め、地球の現実を知り、己の身一つで再び這い上がっていく姿を見せることで好感度を爆上げさせた。彼はもうひとりの主人公として物語を牽引してくれた。ソロキャンなどで序盤からSNS人気も高く、顔を出せばトレンド率No.1のエースだったことは疑う余地もない。

 ガンダムシリーズとして考えると本作の評価は辛くなる。まず戦争をしていないし、前半は模擬戦ばかりで命のやりとりによる凄惨さが感じられなかった。ガンダムのアイデンティティである兵器としての存在意義が希薄だったのもいただけない。
 さらに黒幕をエリクトとプロスペラにしたことで家族同士のケンカになり、スケールの小さな話になってしまった。敵方に新規のモビルスーツを登場させなかったのも商業的に大減点である。

 最後に時事ネタ。23話の放送後、Twitterでタグに専用アイコンをつけるキャンペーンを行うなど運営も力を入れていた。ところが、最終回前日から閲覧制限が発生し、放送中は大多数のユーザーがTwitterを見れない事態に陥る。まさに不運としか言いようのないアクシデントだったが、ある意味忘れられない最終回になった。(むしろ最終回直後に情報が解禁されたガンダムSEED劇場版のCMの方がダメージは大きかった)

感想

 プロローグの重い話を受けて、誰もが身構えた第1話。蓋を開ければスレッタと愉快な仲間たちが織りなす学園ドラマが展開されていく。無双するスレッタ。ソロキャンを始めるぼんぼん。焼きとうもろこしになる強化人士。物語は少しずつ真の姿を取り戻していく。

 1クールの終盤からフォルドの夜明けが暗躍し始めるとようやくガンダムらしさが出てくる。ただ、せっかくのガンダムタイプが出現しても、空気を読めないスレッタは苦戦することなく簡単に蹴散らしてしまう。
 そして1クールの最後にユフィもびっくりの「血染めのエアリアル」で一旦幕を下ろす。これだけ共感を拒絶する主人公も珍しい。ボブが親を殺して発狂しているころに、人間を叩き潰してにっこり笑うのだからまさに狂気の沙汰。「やめなさい」はこっちの台詞だよ!

 第2クールに入るとシリアスな展開が続く。とくにグエルが地球から帰還して主人公然と振舞ってくれたのは数少ない良心だった。ママンの洗脳により「人の心を忘レッタ状態」のスレッタからグエルが花嫁を取り返すシーンは完全に主役が逆転していた。さらにシャディクまで打倒して本当に主役入れ替わってる?? と勘違いするほどグエルは輝いていた。ソロキャンをしていた頃の彼はもういない。
 エラン5号もノレアと交流することで改心する。男を一人前にするなら、運命の女性との出会いに尽きる。これはグエルも然り。

 腑に落ちなかったのが終盤のスレッタの覚醒。自分の出自を理路整然と語りだしたり、意思を明確に伝えたりと、同じ人物とは思えないほどしっかりしている。最後はプロスペラとエリクトの野望を打ち砕くだけでなく、共に救いたいと願う主人公ならではのエゴを貫く。トマト専業農家からあまりの変貌ぶりに面食らってしまったが、地球寮の皆はノーリアクション。グエルにお断りをするやりとりなど、もう立派な淑女である。いや、やっぱり変わり過ぎでしょ。

 水星の魔女がエンディングを迎えて胸に去来するのは、充足感でも寂しさでもなく、マラソンを完走した疲労感。(話数のことではなく、1話から最終話までの放送期間の意)
 エリクトは前より明らかに悪い状況になっているが、本当にそれで満足しているのか。いや、違うな。データストームの中で生き続けた人間の気持ちなど、理解しようと思う方がどうかしている。

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